反抗期、という言葉があります。中学生頃の時期に親に歯向かいがちになることで、一般的にそれは悪いことと言われています。「親に逆らうのは良いことではない」という一般論があります。
しかし、親と絶縁してくるブループリントを持つ人もいます。
「オールドソウル」など優秀な魂に多い。
親と絶縁するブループリントなど、過去世の懲罰でしょうか?
違います。
親と絶縁することは、「圧倒的な自由を手にする」ということです。
親と絶縁して飛び出してくるブループリントを持つのは、成熟した優秀な魂の人に多いです。
「オールドソウル」「キリスト」「ドルフィン」「大天使ミカエル」や大天使、上級天使などです。
親と人生観が異なるから。
なぜ絶縁を検討するのでしょうか?それは、親と自分とで人生観が異なるからです。
親は、たとえば、「公務員になって安定的な人生を生きなさい」と子のためを思って願います。しかし子のほうは、「安定なんて要らないから、もっと自分の感性に正直に生きたい」と願ったりします。
親は、大学の決定権すら握ります。子が「私は〇〇の専門学校に進みたい」と主張しても、「いいえ、あなたは優秀な大学に行くべきです」と進路を限定してくることがあります。
子はそれに服従しなければならないのでしょうか?
場合によっては、親に逆らって、ケンカをして、自分の生き様を選んでもよいのです。
優秀な大学に行けるだけの頭脳や内申(生活態度)を持っていながら、専門学校やユニークな道に進みたいと願うなら、なおさらです。
また、親がDV、ヒステリー、暴力、暴言の癖があり脅威であるなら、親から絶縁して無視して生きてもよいです。親の介護などまっとうする必要はありません。
自給自足を実現するには、絶縁が必要かもしれない。
自給自足をしたい。なるべくお金の介入しない生き方をしたい。と志す人がいるでしょう。
それは霊的な視点から言ってとても素晴らしい生き様です。しかし、社会から見れば「落伍者」「世捨て人」の印象を抱かれます。充分な収入を得ようとしない生き方を、多くの親は嫌がります。不安になります。
自給自足をしたいと志す場合も、親との絶縁が必要かもしれません。
集団アセンションとは、21世紀に日本のあちこちに小さな自給自足共同体が生じることを指しますが、つまり親と絶縁してでもこれらを牽引する使命にあった人が、大勢いるのです。
バックパッカー放浪をするにも、絶縁が必要かもしれない。
海外をバックパッカー放浪しようと思ったとき、猛反対をしてくる親御さんは多いものです。
反対されるのが自然なのです。
女の子で若くからバックパッカー放浪をする子は、バックパッカー旅行をすることを親に言わずに決定し、航空券も取り、直前になってから報告したりするそうです。一人暮らしをしている場合には親に言わずに旅立ち、事後報告で済ます人も多いそうです。
そうでもしないと、交渉したところで了承をもらえはしないからです。
報告の際に親と大きな衝突になりますが、それも覚悟の上、ということです。
そのまま絶縁に至る人もいるのでしょう。
反抗期とは異なるものです。
反抗期は、意味もなく反抗するものです。それは幼稚な反応と言えます。
しかし、親とケンカすることのすべてが反抗期というわけではありません。
「私は自由に生きたい」「私はこっちの道に進みたい」という志を親が賛同してくれないとき、親とケンカをしてでも自分の道を選ぶことは、幼稚な所作ではありません。
自分がわがままなのか親の視野が狭いのかは、大体察しがつくでしょう。わからなければ、人生経験の豊富な人に意見を仰いでみるとよいです。管理人様に相談するのもよいでしょう。
無計画で絶縁するのはよくない!
親と絶縁するということは、親に生活を頼れなくなることを意味します。
ですから、絶縁をするつもりなら、「実家を出て生活する自信がある」という状態を確立しておいたほうがよいです。一人暮らしが出来るだけの労働能力や社会性を培いましょう、ということです。
今の時代であればシェアハウスが豊富なので、一人暮らしではなくシェアハウスや居候でもよいです。
「月収15万円を稼ぐことは難しくない」と感じているなら、親に頼らず生きていけるでしょう。
困難に陥ることはあるでしょう。
しかし「親とは絶縁していて頼れない」ということを周囲に打ち明ければ、助けてくれる人が少しはいるはずです。特にバックパッカーや彼らとの交流の多い人々(ゲストハウスのオーナーなど)は、親と絶縁してきた人を数多く知っており、怪訝(けげん)な顔をせずに助けてくれたりします。
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