top of page
  • れな

昔はレイキ=隠遁者だった。

現代は、レイキの有用性を説くのが非常に困難です。

スピリチュアル業界を一通り巡ってきた人の多くは、「レイキヒーラーはなんだかうさんくさい」と感じているでしょうから。

90年代頃までは、そうではなかったのです。



昔はレイキ=隠遁者だった。

レイキを現代によみがえらせた臼井氏は、3人しか弟子をとりませんでした。それくらい、レイキ伝授に対して慎重だったのです。

臼井氏はレイキのすべてを理解していたわけではないですが、レイキがお金儲けの道具などではないことはよくわかっていたでしょう。そして、本当に精神の高い(と彼が感じた)人にだけ託しました。


90年代ごろまで、レイキティーチャーは誠実で無欲な人が多かったのです。看板も掲げずにひっそりと伝授活動を行っていました。都会から離れて田舎に暮らしていたりしました。


霊的成長を求めてさすらう人々は、「レイキを扱う人は仙人のような人が多い」という印象を抱いたものでした。

それは占いやセラピーとは異なり、解脱の近づいた人が人知れず手にするものだ、となんとなく感じ取りました。

仏教的な感性の、俗を卒業した人がレイキを受けついできました。


レイキについてロジカルに力説しなくても、ある種の人々にはそれが特殊なものだとわかったのです。



欧米由来のスピリチュアルブームによって、レイキは汚れてしまった。

しかし、2000年を過ぎた頃の欧米由来のスピリチュアルブームによって、「お金儲けのレイキ」が爆発的に普及してしまいました。

そしていつしか、「レイキはなんだかうさんくさいものだ」という印象を、スピリチュアル大衆に根付かせてしまいました。


実際、レイキをよく理解していないヒーラーばかりで、何か効果があるのかよくわからないヒーリングセッションばかりが横行しますから、「レイキはうさんくさい」と思われても仕方のないことです。


今はもう、ワークショップに参加しようが本を買おうが、レイキの魅力を理解することは出来なくなってしまいました。



説明しても意味がない?

レイキがなんたるかを、ロジカルに説明しても意味がないのかもしれません。

何が真実であるか誰にもわからず、真実を解説しても「他のレイキヒーラーと違うことを言っている。あの人はでたらめだ」とむしろ批判されかねません。


感覚で、「自分にはレイキが必要だ」と感じとる人が現れるのを待つしかないのかもしれません。

最新記事

すべて表示

生まれ持った才能は、過去世で努力したものです。

人を羨ましいと思うことがあるでしょう。 物心つくくらいの年頃からもう、とても頭の良い人や、とてもスポーツの出来る人や、とても芸術の出来る人や、とても可愛らしい人がいます。世の中は平等ではないようで、嘆きたくもなります。 しかし、人の生というものを今生だけと短絡的に考えず、「輪廻転生を通して1つの生」と考えるならば、やはり人は平等です。 生まれ持った才能は、過去世で努力したものです。 物心つく頃には

物事の感じ方は変わっていくものです。

人は、成長していくものです。成長しないとしても、変化していくものです。 そして自分が「変化」だと思っているものも、後から客観視してみれば「成長していたな」と感じたりするものです。 求めるものは、ずっと同じではないのです。 「私は何々が好き」「私は何々をしたい」は変化していく。 自分を表現することは、大切なことです。SNSのプロフィールにせよ、学校や職場での自己紹介にせよ、自分がどのような趣味を持っ

社会性に自信があれば、自由に生きてよいです。

「個性の時代」と言われるようになって久しいですが、しかし他国に比べればまだまだ、日本は「隣にならえ」の文化です。 大学に入るべき、一流企業に勤めるべき、正社員になるべき、結婚して子を持つべき、マイホームを手に入れるべき、といった「普通の立派な人」であることを求められます。 こうした社会的観念は、グリーンの高い人を育てるうえで、ある程度役に立ってもいます。協調性や社会への協力精神、勤勉さは、とても大

bottom of page