top of page
  • れな

スピリチュアルな商売をする人のほとんどは低級霊に憑りつかれています。

スピリチュアルなことに興味を持ったとき、その道ですでに商売をしている人を、「この人はすごい」と感じてしまう人が多いです。

たとえば、有名な占い師や霊能者を尊敬する人は多いです。

しかし、その観点は根本的に間違っています。

スピリチュアルな商売をする人のほとんどは、精神性が低く欲が深く、そのために低級霊に憑りつかれています。チャネリングが出来ても低級霊からでたらめを教わっていることが多いですし、このような人に近付くとあなたも低級霊に憑りつかれてしまう危険が大きいです!



スピリチュアリズムは本来、商売をするためのものではない。

有名なスピリチュアリストでアセンションを達成したのは、イエス・キリストやゴータマ仏陀くらいです。

彼らに共通するのは、「スピリチュアルな商売人ではなかった」ということです。彼らはヒーラーでもセラピストでもなく、霊的真理を教えることをライフワークとしていました。しかも無償で。

アセンションを果たしたり、アセンションに近い偉大な人と称されるには、こうした振る舞いをする必要があるのです。

生業にスピリチュアルな仕事を選び、それで年収500万円を目指したり有名人になろうとしている人は、進むべき方向性を根本的に間違えているのです。

「ライトワーカー」と名乗っていても彼らは「闇」の人で、人々を高い精神性に導く力はありません。



スピリチュアルでお金をとっていけないわけではない。

スピリチュアルなことでお金をとってはいけない、とは言いません。

イエス・キリストやゴータマ仏陀が無償奉仕でも暮らしていけたのは、ボランティアするよ」と言う彼らに対して、「いえいえ、恩返しをさせてください!」「協力をさせてください!」と寝食を差し出す者が大勢いたからです。

最新記事

すべて表示

生まれ持った才能は、過去世で努力したものです。

人を羨ましいと思うことがあるでしょう。 物心つくくらいの年頃からもう、とても頭の良い人や、とてもスポーツの出来る人や、とても芸術の出来る人や、とても可愛らしい人がいます。世の中は平等ではないようで、嘆きたくもなります。 しかし、人の生というものを今生だけと短絡的に考えず、「輪廻転生を通して1つの生」と考えるならば、やはり人は平等です。 生まれ持った才能は、過去世で努力したものです。 物心つく頃には

物事の感じ方は変わっていくものです。

人は、成長していくものです。成長しないとしても、変化していくものです。 そして自分が「変化」だと思っているものも、後から客観視してみれば「成長していたな」と感じたりするものです。 求めるものは、ずっと同じではないのです。 「私は何々が好き」「私は何々をしたい」は変化していく。 自分を表現することは、大切なことです。SNSのプロフィールにせよ、学校や職場での自己紹介にせよ、自分がどのような趣味を持っ

社会性に自信があれば、自由に生きてよいです。

「個性の時代」と言われるようになって久しいですが、しかし他国に比べればまだまだ、日本は「隣にならえ」の文化です。 大学に入るべき、一流企業に勤めるべき、正社員になるべき、結婚して子を持つべき、マイホームを手に入れるべき、といった「普通の立派な人」であることを求められます。 こうした社会的観念は、グリーンの高い人を育てるうえで、ある程度役に立ってもいます。協調性や社会への協力精神、勤勉さは、とても大

bottom of page