お墓参りは本当に必要なの?

8月の中旬、いわゆるお盆休みの期間には、はるばる帰省して先祖のお墓参りを行う人が少なくないことでしょう。

そして、内心その行事をわずらわしいと感じている人は多いことでしょう。

お墓参りという行為、本当に必要なのでしょうか?



お墓参りは必要ない。

結論から言えば、お墓参りは必要ありません。

故人は、お墓参りをしなくても成仏していますし、成仏せずにただよってしまっている場合はお墓参りをしても成仏しません。お墓参りという行為を、特に喜んでもいません。

故人の魂は、お墓に眠っているわけではないのです。また、お盆の期間にお墓に帰ってくるといったこともありません。



お墓参りの起源は、霊的な視点の教育。

「お墓参りをせよ」と言われはじめた起源は、「死後にも霊魂が残り、それを敬うべき」という理屈からきています。魂の存在を理解させたかったのです。

遠い昔、人々は生まれた町や村に留まって一生を終えるのがもっぱらでした。

年に一度や二度墓参りをすることは、大した苦労ではありませんでした。

こうした時代・文化において、霊的視点の教育の一環として、墓参りを教えるのは間違ってはいないかもしれません。



現代は、墓石商売や、仏教的使命感にのせられている。

現代は、お墓や供養を売る商売人(寺社含む)が、そこにお金を落とし続けてほしいがために「お墓参りをすべき」と力説します。大衆はこぞって、商売人に乗せられているのです。

または仏教的な使命感から、「お墓参りをしなければ罰が当たる」と思いこんでいる人が多いです。その価値観から、家族や他人にもお墓参りを強要します。



現代日本で、お墓参りは非効率的すぎる。

「死者の霊魂を敬いましょう」と教えることは大切です。

しかし、その形としてお墓参りを実践し続けることは、現代日本では非効率的すぎます。

お盆休みの大渋滞の中を帰省し、親族の中でも真面目な人だけがお墓の掃除を押し付けられ・・・といった習慣は、まるで非効率的で不毛です。

大渋滞の中を、お墓参りのために帰省するというのは、とても不毛です。


死者の霊魂を敬うだけなら、他の方法をとればよいです。

そもそも厳密には、祖先の霊魂を敬う必要は別にありません。死者の霊魂というより、ガイド霊や守護天使の存在を実感し、連携をとろうとする感性のほうが重要です。



円滑な親族付き合いのために、お墓参りの「フリ」は必要かも。

極端に言えば、お墓参りなど必要ないのです。お盆に限らず、1年間のうちどの期間も、お墓参りは不要です。

しかし、親族の多くが「お墓参りは続けるべき」という考え方をしている場合、あなただけがお墓参りを放棄するとヒンシュクを買うでしょう。親族に嫌われると人生に支障が出がちです。それを防ぐためには、お墓参りが無意味だとわかっていつつもそれを行う「フリ」をすることは、必要かもしれません。

たとえば、お盆のラッシュに帰省することが難しい場合、無理にそれをねじこまず、期間をずらすと良いです。期間がずれても帰省とお墓参りをするなら、親族はあなたへの信頼を損なわないでしょう。



共同墓地に移設するのも有効。

お墓参りでは、お墓が朽ちないように掃除して手入れし続けていくことが大変です。

これを解消するために、お寺や自治体が提供している「共同墓地」の類に移設するのも有効です。お墓の手入れが不要になります。

庭園墓地などゴージャスなものを選ばなければ、共同墓地はかなり安い費用で利用できるはずです。

たとえば親族のために毎年お墓参りに苦労しているなら、親族のために共同墓地への移設を行うのもよいでしょう。そして「私が供養するから」と言えば、親族からの文句は出にくいはずで、皆の手間を減らせます。

非営利で安い共同墓地を、うまく探してください。おしゃれな共同墓地は高額です。



あなたの死期が近いなら、「お墓参りは不要」と言伝てしてあげよう。

あなたの死期が近いなら、遺族に配慮することも大切です。

遺族が墓参りに苦労しないように、先回りで進言してあげましょう。

「私に墓参りは不要です。格安の共同墓地の永代供養で充分です。」と。

実家から上京してきている場合などは、遺族はその町に新たに墓石を買わなければと考えます。そこには100万円以上のお金がかかります。

これも、「立派な墓石は不要です。共同墓地で充分です」と言っておいてあげましょう。



お葬式の要点は、故人に「あなたは亡くなったよ」と知らせること。

お葬式についても書いておきます。

近年は、音楽葬などといったユニークな葬儀がどんどん登場しています。お坊さんを呼ばないものもあります。

いったいそれで故人の供養ができているのか、心配になる人もいることでしょう。


基本的に、お葬式の形は自由でかまいません。仏教式にこだわる必要はまったくありません。お坊さんを呼ぶ必要も、戒名など授ける必要もないのです。

要点は、故人に対して、「あなたは亡くなったよ」とハッキリ知らせる作業を行うことが大切です。

故人はときに、自分が死んだことに気付かないのです。事故や病気で死んでも霊魂は残り、それまでの生活の中で同じ暮らしをしようとすることがあります。

そんな中で、自分の葬儀が大々的に行われているのを見ると、「あ、私は死んだのだ!」と理解するのです。そして成仏しようと試みます。

極端に言えば、セレモニー業者に依頼する必要もないです。

家に小さな仏壇を作って、故人の写真を置くだけでもよいです。

配偶者や家族がその写真に手を合わせていれば、「私は死んだのだな」と気づきます。


仏教葬では、お坊さんが懸命に読経し、初七日や四十九日など何度も供養行事を行いますが、故人が死に気付けるように念を入れてくどくど行っているだけなのです。別に、必要のない作業です。外国では四十九日など行わない地域もあるわけで、しかしちゃんと人々は成仏しています。


霊的な理解の高い人は、お葬式をしなくても、死んですぐに死に気付き、成仏していく人もいます。

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