シュタイナー教育やモンテッソーリ教育、フリースクールの注意点。

執筆者:れなさん

スピリチュアルな感性を持つ人には、我が子の教育について個性的な考え方をする人が多いです。普通の学校や幼稚園には入れずに、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育を掲げる幼稚園に入れたり、フリースクールに通わせたり、またはホームスクーリングをしたり、といったものです。

「文部省教育に任せられない!」という感性や、そのために具体的なアクションを取ることはとても素晴らしいのですが、しかしこうした特殊な教育機関に子供を委ねる場合、充分な注意も必要です。


 

文部省教育で苦しんでも社会で役立つ知識が身に付いていない・・・。

文部省教育の欠点として、「詰め込み教育が過剰」ということが頻繁に指摘されます。このようなカリキュラムで義務教育の9年間、高校、大学までの16年間を終えても、あまり社会労働で役に立つ知能が身に付かない、という指摘です。

それに対して、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育は、右脳の発達や子供たちの自主性を重んじた教育を展開します。それが素晴らしく有効なものだという評判・ふれこみがあり、我が子をそうした教育機関に入れる親御さんが増えています。フリースクールも、おおむね同じような概念と言えます。

 

代替教育の実績。「知能は伸びる」が、「社会性」には疑問符が・・・?

教育が、何のためにあるかを考えましょう。

一般的に教育とは、大人の社会生活に適応し、就労して賃金を得て、親から自立した人間になるための学びです。

文部省教育を受けても偏差値の伸びない子が増え、また社会労働がおぼつかない成人が増えたために、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育、フリースクールといった代替教育が提唱されたわけなのですが、では、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育、フリースクール教育を受けた子供たちは、高い偏差値を得て、社会就労に高い適応性を見せたのでしょうか?

応えは、「YES」とも言い切れません。それらの代替教育は、たしかに子供の様々な能力・感性を伸ばしてくれますが、「社会就労への適応性」というものを考えると、あまり高い結果を出しているとは言えないでしょう。


代替教育の子たちは一般就活では勝てない。ベンチャーや中小企業に進む。

代替教育を受けた子供たちは多くの場合、一般企業の就職活動で競争には勝てません。そして、中小企業や風変わりなベンチャー企業に就職することになります。

中小企業や風変わりなベンチャー企業というのはつまり、普通教育を受けて、それでも就職活動競争に勝てなかった子たちが入る会社です。シュタイナー教育やモンテッソーリ教育を受けて、そこに学習塾とはまた違った高い教育費を注いでも、入る職場は並みの子供たちと同じなのです。

中小企業や風変わりなベンチャー企業などに就職することは、決して悪いこととは言えません。しかし、親御さんが望んだ未来はそれで正しいのでしょうか?お子さんが望んだ未来はそれで正しいのでしょうか?

 

早くから起業する天才児は代替教育生にもごく一部。文部省教育生にもごく一部。

代替教育を受けた子の幾人かは、早くから起業をして、世間をあっと驚かせてしまったりします。多くの場合、代替教育は、このような子供の成果を例に出して、代替教育の素晴らしさをアピールします。しかし実は、普通の中学に通って普通の高校を出た子の中にも、そのように早くから起業したり発明したり、フリーランスの道を切り拓く子はいるのです。このような子は結局、ある程度どんな学校に通っても、そのような道を自分で切り拓きます。

逆に、大多数の子たちは、たとえモンテッソーリ教育を施そうと、シュタイナー教育を施そうと、18歳で社会貢献的な内容で起業をするような風雲児にはなっていません。

つまり、もしあなたが、お子さんをザッカーバーグ氏やスティーブジョブ氏のような風雲児に育てあげたいなら、どのような教育・どのような学校を選ぶかよりも、日々家庭の中で、どのようなしつけや会話を与えるか、どのような親の姿を見せるか、といったことのほうが重要なのです。

簡潔に言えば、子供の教育を学校に委ねてしまっていうような親元では、子供は天才的な発達はしません。

 

フリースクールもアカデミズムを失い「商売」に落ちぶれはじめている・・・。

次に、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育、フリースクールも、「教育」というより「商売」になってきてしまっている点に注意が必要です。私立の高校や大学が、教育よりも生徒集め、お金集めに躍起になって落ちぶれているような事象が、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育、フリースクールにも起きています。

たとえば、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育では、「道具」に対して大きなこだわりを見せることがあります。ユニークな教育のためにユニークな道具を使うのですが、はたしてその道具を、特定の機関から同じものを、高額で買う必要があるのでしょうか?

もともとシュタイナー教育やモンテッソーリ教育では、家にあるものを活用してそのようなユニークな教材を作っていました。「むやみにお金をかけず、家にあるものを活用して、自作する」ということにこそ意義があったのですが、しかしいつしか、その道具を売ることにこだわるようになってきてしまっています。シュタイナー教育やモンテッソーリ教育をする機関・親御さんは、その都度その公式アイテムを買わなければならないのです。

シュタイナー教育やモンテッソーリ教育に対してリスペクトする人であればるほど、そうした「公式アイテム」を律儀に購入したがるのですが、しかしシュタイナー教育やモンテッソーリ教育の本質は、「公式アイテムを使うこと」にはありません。「そのようなアイテムを工夫すること」にあるのです。「常に創造的であること」「常に自己解決的であること」が、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育の根本的な理念だったはずなのです。


シュタイナー教育やモンテッソーリ教育も、本来は「地域性」が大切なもの。

これは、道具だけでなく教材(テキスト)にも言えます。

シュタイナー教育やモンテッソーリ教育を考案した人々は、「その時代、その土地の子供たちにとって何を学ぶべきか」を考えてカリキュラムを考えたにすぎません。どんなスキル・知識が役に立つかは、国や地域によって異なるのです。

しかし、日本の追従者たちは、ただ淡々と、先人の作ったテキストを真似てしまいがちです。それは良いことではありません。子供たちに「創造的であれ」と説く前に、教育者や教育機関の側が、創造的でなくてはいけません。

あなたの住む社会に適応するために必要な知識・スキルは何か、という観点から、学ぶ内容を考えなくてはなりません。これは国によって違いますし、日本の中でも東京か東北か沖縄かで、かなり違ってくるでしょう。

 

フリースクールの中身は「ゆとり教育」に似ている。

シュタイナー教育やモンテッソーリ教育、フリースクールの欠点は、ひと昔前に試行された「ゆとり教育」の失敗から、うかがい見ることができます。(欠点があるからダメだという話ではなく、欠点を理解し、欠点を埋めるための配慮が必要だという話です。)

「ゆとり教育」の内容は、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育、フリースクールにやや近いものがありました。詰め込み型の教育、努力型の教育は減らして、子供たちにマイペースに様々な体験をエンジョイさせたのです。

それによって子供たちは、苦痛に顔をゆがませることが減りました。ある意味では上手くいったと言えます。

しかし、彼らが大学や企業に入ったときに、「ゆとり教育」の欠点が露呈されました。ゆとり教育で育った子供たちは、あまり高い学力を持っていなかったのです。大学生が、小学生レベルの四則演算を出来ないくらい深刻に、です。

そして会社に入ったゆとり世代たちは、まともに仕事をこなせない子が続出しました。自分が何をすべきか判断できない子も多く、より質の高い仕事をしようと頑張る子は少ないのです。「お給料を貰っているのだから真面目にがんばろう」という責任感の希薄な子が、ゆとり世代には続出しました。

ゆとり教育のコンセプトでは、「現代日本社会の企業で必要な能力」を得られなかったので、見直されることになったのです。


 

日本の会社に適応するには「軍隊のような社会性」が必要なのが実情・・・。

同じ懸念が、各代替教育機関にも言えます。シュタイナー教育やモンテッソーリ教育、フリースクールの学びは、たしかにヨーロッパや東南アジアの社会就労には合っているかもしれません。

しかし、現代日本の企業が求める社員像というのは、「軍隊のように仕事をこなせる人間」なのです。事務的な仕事を淡々とこなし、会社を休まず、残業要請に文句を言わずに応え、創造ではなく模倣を上手くこなす人材です。ディベートの得意な人間は、むしろ嫌われます。

つまり、現代日本の企業は、「辛い受験勉強に耐えるような人材」を欲しているのです。そして、「辛い受験勉強に耐えるような能力」がないと、現代日本の会社ではまともに働けないのが実情なのです。

そんな、いわゆる「隷属サラリーマン」が良いことだとはまったく言えません。しかし、社会の現状はこうなのです。良し悪しを別にして、それをこなす能力がないと、毎月20万円をコンスタントに稼ぐことが出来ないのです。

これはウンザリするような社会ですが、しかし社会の実情がそうなのであれば、それに適応できる大人へと育てていくことが、親や教育機関のやることと言えます。空を飛ぶというのは大変なことですが、しかし親鳥はヒナ鳥を、飛べる存在へと育てなければならないのです。

本当は、このウンザリするような日本の大人社会を変えていくことのほうが重要なのですが、日本の大人たちはこの改革を行うことがほとんど出来ていません。クラウドソーシングなどの新しい就業形態が登場してきてはいますが、まだそれらは充分な収入を得られる状況ではなく、社会的地位も低く、家で気楽に仕事が出来る代わりに一層安い賃金で隷属させられるような、酷いものになっています。

 

フリースクールに通わせつつ、忍耐や社会性をしつけることが大切。

これは、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育、フリースクールを否定するものではありません。

そうした教育機関を選んでも良いのですが、同時に、「社会労働に適応できるかどうか」に気を配ってあげましょう。たとえば、その代替学校が欧米のようにフランクな校風を持っているなら、しつけや敬語、礼儀といったものは家庭でみっちり教えなければなりません。

たとえば、その代替学校であまり運動をしないのであれば、家庭で充分な運動の機会を作ってあげなければなりません。(労働をすることは、結構な体力を要します。勉強をしているだけだとこの体力は培われません。)

運動と言えば、日本の部活動が近年、「ブラックだ」という批判が上がっています。部活動の時間が長すぎたり、活動内容が厳しすぎるという批判です。

この指摘は、決して間違っていないでしょう。しかし、日本の軍隊のような一般企業においては、運動系の部活動で培われるような根性・忍耐・体力が非常に役に立っているという実情があります。日本社会では、運動部並みの根性が身についていないと、まともに労働できないのです。

ですから、普通学校の部活動を回避するのであれば、それと同じような忍耐訓練を、親御さんが生活の中で施していかなければなりません。たとえば、一緒に登山をしたり、フルマラソンにチャレンジさせたり、といったことです。または、厳しい方針をとっている剣道や柔道、少林寺などの習い事をさせるのも良いかもしれません。
 

教育とは、こういうことです。良し悪しは別として、今生きている社会に適応できる人間に、親がいなくても自立して生きている人間に、成長させてやることが大切なのです。


社会に迎合させないなら、子供の衣食住を守る策を講じておく必要がある。

または、あなたが、「今の日本社会はあまりにもひどいところで、我が子をこの社会に放り出しくない」と考えるなら、そうした考えも尊重されてよいものかもしれません。

しかし、その場合も、お子さんがどのように衣食住を得ていくか、という点について考えなければなりません。そうしたことを考慮せずに、ただ社会から隔離させるのは、無責任です。あなたがどのような考えをしたとしても、お子さんはこの社会で衣食住を確保して、生きていかなければならないのです。

たとえば、あなたが食堂などを経営しており、それを継がせることでお子さんの安全な収入環境を確保できるなら、それも良いかもしれません。しかし、ただ接客がこなせる程度の能力では、親御さんが亡くなってしまったあとに経営を守ることは出来ません。そこまで考慮に入れる必要があるでしょう。

たとえば、あなたが巨万の富を築いて、数億円程度の生涯生活費をお子さんに渡すという手もあります。そうすればお子さんは、ブラックな社会で苦しみながら働く必要はないでしょう。しかし、働かずに家にこもっていることで、社会から後ろ指をさされたり孤立したりする懸念があります。お金があっても人との交流が上手くいかないと、人生というのはつらいものです。また、誘惑や詐欺から財産を自己防衛できる能力も、身に付かせておかなければなりません。

たとえば、自給自足の暮らしをはじめて、その家や畑をお子さんに継がせるという手もあります。しかしそこにもたくさんの困難はつきまとうでしょう。また、自給自足は多くの場合、一人では完結しませんから、親御さんが動けなくなったあとにお子さんがどのようにその暮らしを維持するかは、考えておかなければなりません。
 

もう1つ考えられるのは、海外で暮らせる能力を身に着けさせることです。

海外でも社会労働は大変ですが、しかし日本ほど几帳面で神経質、ノイローゼになる国は他にありません。

そのため、英語力や交渉力、社交性といった能力を中心に身に付けさせ、また海外渡航や留学を経験させることで、外国で就労できるような子にしてあげるならば、現代日本の病んだ社会に迎合・適応させる必要性はなくなります。

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