意図的な中絶は負のカルマになるの?

執筆者:れなさん

読者様からリクエストを頂きました。
中絶、堕胎について書いてみたいと思います。


中絶は負のカルマにはならない。中絶は殺人ではない。
結論から言って、意図的に中絶を行っても、「負のカルマ」にはなりません。

 

社会では一般的に、「中絶は殺人だ」と言われ、行ってはならないことだと言われています。赤ちゃんの霊に恨まれるため、水子供養なるものが必要だと言われています。
しかしその観念は人間の思いこみにすぎず、霊的な視点から言えば、中絶とは殺人ではありません。

 


中絶は殺人ではない。

意図的な中絶は、殺人行為には当たらないのです。
なぜかというと、妊娠数カ月の段階の胎児には、まだ魂(意識体)が宿っていないからです。この段階の胎児は感情を持たず、中絶によって命を止められても、そこに苦痛や悲しみを感じません。
3カ月以内なら良い、人の形をしはじめたら悪い、といったことはなく、妊娠9カ月程度まで、中絶しても胎児の精神に影響はないのです。
魂が宿っていなくても「生命」ではあると言えます。しかし、「魂の宿っていない生命を殺すことも殺人だ」と捉えるなら、男性の精子を無数に殺している時点で、人々はすさまじい殺人鬼ということになります。

 


水子供養も必要ない。

どのような事情での中絶であれ、胎児の霊が親御さんを恨んだり呪ったりすることはありません。水子の霊となって出てくる、などということはありません。
そのため、「水子供養」などという行為は必要ないのです。
霊能者や神職者に「必要だ」と言われても、それでも必要ありません。

 


レイプされての妊娠なら、中絶したほうがよい。

レイプや、それに類するような酷い形で妊娠してしまったなら、産まずに中絶をしたほうがよいです。
「産むことが子供のため」などとテレビドラマは言ったりしますが、「産まないほうが子供のため」です。
子供のためであるだけでなく、レイプされてしまった母親の今後の人生のためにも、産まないほうがよいでしょう。子を産み育てる覚悟や準備は整っていないでしょうし、レイプによって身ごもった子を何十年も育てていくことは、精神的にきついことでしょうから。
無理をしなくてよいのです。

 


子供は「悲しい」とは思っていない。

「妊娠したなら、産まないとその子(の魂)がかわいそう」と考える人は多いです。
しかし、それは誤りです。
特に1980年以降(インディゴ世代)の日本において、「産まれたい」と強く願っている子供は一人もいません。地球人の精神啓蒙に付き合わされる形で生まれてきているにすぎないため、誰も誕生を心から望んではいないのです。
中絶をしても、子の魂は悲しまないです。

 


結婚後の妊娠についても、自由に中絶してよいの?

結婚後、交際後、パートナーとの間に妊娠が起きた際にも、「正直、あまり産みたくない」と感じている親御さんは少なくないでしょう。そんなケースでも中絶をしてよいのでしょうか?
「産みたくないから中絶」というのも、負のカルマにはなりません。

このようなケースで中絶を選んでよいのかどうかは、解説が難しいです。
基本的に妊娠は、母親側の怠惰な生活に対するカルマです。怠惰であったゆえに、強制的に子の世話をさせられるのです。
そのカルマの制裁を中絶という形で放棄することは、すさまじい悪態と言えます。
どのみち、他の方法でそのカルマの責任を負うことにはなります。
つまり、母親側の視点から言えば、「妊娠をしたなら、産み育てるべき」なのです。

しかし、子供の側の視点から言えば、また意見は異なります。
今の日本社会は非常に不誠実で、劣悪な環境なのです。その上、親が子育てに後ろ向きであるとなると・・・生まれてきた子は非常につらい人生を送るでしょう。
子供のことを考えるなら、「親御さんが産みたくないなら、産まないほうがよい」と言えます。覚悟も環境も整っていないなら、無理をしないほうがよいのです。
子育ては、子育てに熱心な情熱を持つ人がすべきです。子育ては、子育ての父性愛教育(きびしくしつける、甘やかさない教育)を理解した人がすべきです。

 


望まない妊娠なら、中絶してもよいが自分を省みるべき。

以前、「中絶は負のカルマではない」という内容の記事をこのサイトに掲載していました。それをとりやめたのは意味があります。
無責任に中絶をする親御さんが増えてしまうと懸念したからです。それはそれで問題です。

 

子の魂のことを考えると、子育てを望んでいないなら無暗に出産をしないほうがよいのですが、しかし、あなたが妊娠に至ったなら、「怠惰のカルマ」を清算しなければならないのだということは自覚しましょう。
旦那さんや親、社会に依存しすぎるのはやめ、またはぜいたくを控えましょう。自立的に生き、社会貢献をし、質素に生きましょう。