フェミニズムへの逆行?いいえ、社会適応です。

執筆者:れなさん

最近のれなのコラムには、「可愛く着飾りましょう」といった内容のものが多いです。
これに不快感を感じている読者さんが、少なからずいらっしゃるのではないかと思います。
精神性を説くものの多くは、逆のことを言います。
フェミニズム。男女同権論。女性は女性らしさにこびを売らず、実力で社会進出すべきだ。と。社会は女性にセクシーさを強要するなと。
れなのコラムは先進国のフェミニズムの精神に逆行しているように見えます。
しかし、ここには意味があるのです。

 


現代日本は、あまりにも外見主義だから。

私はアセンションやより良い社会へのノウハウを説いていますが、同時に、この世知辛い社会への社会適応についてもアドバイスをしています。
極端な仏教思想が現代社会に合わないように、アセンション論や精神論をストイックに生きると、現代社会に適応できなくなってしまうのです。
スピリチュアルな事象の解説がひと段落ついた今、私は「社会適応」の部分を重視して記事を書いていることが多いのです。

現代日本は、あまりにも外見重視なのです。
たとえば、あなたがどんなにクラシック音楽の技術を磨いて、音大で賞を獲っても、音楽で食べていくことはできないでしょう。ファンはあまり付きませんし、プロダクションもついてくれません。
しかし、ろくに音楽の鍛錬もしていない、可愛い外見の女の子が、ポップス歌手として年収1,000万円を稼ぐのです。譜面が読めなくても、「可愛い」という要素によって彼女は成功します。
消費者もプロデューサーも、実力はあまり気にしておらず、美人やイケメンを賛美するのです。
恋愛においても仕事においても、「可愛い」ということで非常に引き立てられます。可愛くない人は、実力があっても献身的でも不遇な目に遭うのです。

 


オシャレは「社会適応」の一環として、必須と考えたほうがよい。

私たちの社会では、「マンションの住民に会ったらあいさつをしよう」「仕事では周りの状況を見てサービス残業をしよう」と説きます。それは、社会で円滑に生きていくために必要な処世術です。
今の時代、オシャレや美容も、社会適応や処世術の一環となってきています。
オシャレをしない女性は、サービス残業をしないですぐに帰宅してしまう無気力な社員のように、嫌われ、不遇にあいます。
昔は、オシャレは個性の一環でした。オシャレをするも自由、しないも自由、でした。しかし今は、オシャレであることが当たり前の世の中になっているのです。
そうでないと不遇をこうむるのです。
恋愛においても、仕事もおいても、社会づきあいにおいても。

一通りのオシャレをして、そのうえで実力や個性を磨いていきましょう。(可愛いだけではもちろん、良くないのです。)

 


恋愛においてはもはや最重要項目になっている。

平成世代は特に、かわいい女性であふれかえっています。平成世代女性の3割くらいは、アイドルグループに入れそうです。
アイドルやモデル、タレントが大勢いるだけでなく、一般人も可愛い子ばかりなので、大衆男性たちの目はとても肥えています。少々素材が良い程度ではカワイイとは感じられず、タレント並みにオシャレをしている女性に注目が集まっています。

多くの女性たちにとって、恋愛を獲得することは非常に重要なはずです。
それを叶えるためには、肉じゃがを作れるようになるよりも何よりも、「かわいい」ということが重要事項なのです。
「女性を外見で評価するな」という声は、私も非常によくわかります。
しかし今の社会は女性を外見で評価するのです。この社会で人並みの幸せを得るために、おしゃれをすることは必須になってきているのです。
この実情を理解し、受け入れることが大切です。

私自身は、女性をあまり外見で判断しません。
私自身はどちらかといえば都会的なオシャレな女性は苦手で、ナチュラルで人柄の良い女性を見ると安心して、声をかけます。そういう女性と接しているほうが好きです。
私自身、美容は好きですが、ナチュラルで素朴な人が好きです。といいますか、内面で人を見ています。

 


ナチュラリストはやや損をしている。

精神性の高い人は、ナチュラルな装いをしている人が多いです。
昔はこのような女性は好感を集めたものですが、今はやや不遇です。
性格がよく愛想がよくても、ナチュラルな装いをしているとあまり男性に好かれません。上司や取引先にもあまり好かれません。
セラピストなどのビジネスをしても、あまり大衆消費者に好かれません。
ナチュラルな感性を持ちつつも、それなりに華やかなおしゃれをしたほうがよいです。

ファッション雑誌には、天然素材やアースカラーのものを賞賛するジャンルもありますが、実際問題として世の中は、天然素材系の装いの女性をあまり魅力的に感じていません。
人に好かれないので、損をしてしまいます。

 


環境系スピリチュアリストは孤立しがち。

スピリチュアリストの中には、環境問題に敏感な超ナチュラリストがいます。
田舎の古民家に移住して質素な生活をするような人です。畑を耕すような人です。
2000年過ぎ頃は、このようなスピリチュアリストが結構いたものでした。彼らはグループを作って、充実した日々を過ごしていました。
しかし2010年を過ぎたくらいから、このタイプのスピリチュアリストは激減しています。
ブログや本など見てこのタイプのスピリチュアリストになり地方に行っても、孤立してしまいます。自らブログなど書いて発信しても、共鳴者はほとんど集まりません。

田舎に移住して自給自足ライフなど送るのはとてもよいことなのですが、であるとしてもパステルカラーをとりいれた現代ふうのオシャレをしたほうがよいです。すっぴんで貫くのではなく、多少は色づいていたほうがよいです。まゆ毛を整えたり、ムダ毛処理などもしましょう。

 


霊的成長を突き詰めれば、華やかなオシャレセンスは必要。

霊的な成長というと、仏教僧のような質素な姿をイメージします。
しかし、仏教的な装いはロイヤルブルーのテーマに過ぎず、アセンションや13次元達成において、仏教僧のような外観が理想なわけではありません。
ブルーやピンクのオーラを高めるためには、華やかなオシャレセンスは必要です。
ピンクのオーラで80点に達したいなら、セクシーなオシャレセンスやセクシーな美容(バストアップのケアなど)も必要です。

 


「状況に応じてすっぴんでも平気」という柔軟性。

ロイヤルブルーのオーラの「質素」「外見にとらわれない」といったスキルを高めたいなら、「状況に応じてすっぴんでも平気」というふうになりましょう。
オシャレが好きで、メイクも上手だが、すっぴんをさらけ出してもかまわない、といった感性です。Tシャツにジーパンの姿を見られてもかまわない、という感性です。

 

たとえば当サイトの管理人様は、バックパッカー放浪をするときは服装のオシャレさをまったく度外視するそうです。洗濯や汚れに強い、安っぽいTシャツを着てさすらいます。土方のように首からタオルを提げています。
しかし日本で都会に出るときは、さわやかなオシャレな格好をされます。彼の対面カウンセリングを受けたことのある方は、彼の外見に好感を持たれたのではないでしょうか。しかしバックパッカー放浪のときにはまた違う姿をするのです。彼はどちらも隠そうとはしません。
女性でも、同じような柔軟性を身に着けたいところです。

 


キリスト教会の文化などは、質素な生活とモダンな美意識がバランスよく融合した好例と言えます。